春日局生誕地(興禅寺)案内
興禅寺は、山号を大梅山といい曹洞宗の別格地で、本尊には仏師春日の作釈加如来を祀り、七堂伽藍がよくととのった名刹です戦国時代、この寺域一帯は、後背の山城黒井城(国指定史跡)の下館でしたが、天正7年8月、明智光秀の丹波攻めで落城。その戦後処理と西丹波一円の統治のため、ここに入ったのが光秀の重臣斉藤内蔵助利三です。今でも斉藤屋敷の伝承が残り、水濠と高石垣・白のねり塀のたたずまいは、往時の景観をよく残していて国の史跡の一部となっています。この年の暮、母お安との間に生まれたのがお福(後の春日局)で、寺内にはお福の「産湯の井戸」や「腰かけ石」など残り、幼い日の春日局をしのぶことができます。
興禅寺
お福の産湯
|